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センター沿革


センターの起り

日本の救世軍は戦後の混乱期に当り、宿泊場所に事欠く労働者の為に
冬季無料宿泊所(現在のシェルター)を開いていました。
社会秩序の回復により、その必要性も少なくなった為、これを縮小、
昭和44年7月11日より、かねてより社会問題となっていた
アルコール依存症者のために、
『男子社会奉仕センター』を東京都中央区月島に開設致しました。

当時は簡易のプレハブ住宅に、10名の利用者を受け入れて発足したのが、
日本で最初のアルコール依存症者の中間施設でした。

センターの成り立ち

昭和49年、労働寄宿舎自助館の後に、鉄筋コンクリート3階建ての
『男子社会奉仕センター』の本館を東京都中央区月島に設立することが出来、
そこに移転。利用者も増やすことが出来ました。
その働きを東京都が認めて、清瀬市にアルコール依存症のための
専門的な中間施設、『社会福祉法人救世軍自省館』が発足。

その後、男子社会奉仕センターは救世軍独自の指導方針で、発展を続けて
参りました。作業所として用いていた杉並区和田2丁目にあるバザー会場兼
作業所が昭和62年に鉄筋コンクリート2階建て(延べ面積約1500u)に
なってからは、アルコール依存症者以外の働き人も一緒に働く場所となってきました。

現在に至るまで

アルコール依存症者の人たちも、誰かに管理されたり、援助されなければ
生きていけない気の毒な人、かわいそうな人ではなく、自分たちで助け合い、
経験と力を分かち合っていけば、自立出来る事を証明してきました。
諸般の事情もあり、平成9年11月に作業所の近くにあった、
救世軍女子学生ホステルの跡地を拝借する形で、
中央区月島の『自助館』から分離して、利用者寮も移転して参りました。
その寮の生活は、ほとんど自主・自立的になされています。
(東京都杉並区和田1-41-5・救世軍杉並寮)

救世軍男子社会奉仕センターに働く者は(女性スタッフも多くなっていますが)
『社会に役立つ事を行う』信念を持つものでありますので、その中に入れられた
アルコール依存症者も良き感化を受けています。